2013年1月28日月曜日

衛星放送とアラブの春(2)

アラブの春(The Arab Spring)」において、衛星放送が果たした役割は大きい。前回のブログでチュニジアを始めとする中東各国の民衆が衛星放送をどのように視聴できる環境にあるのか技術的な観点で説明した。それでは衛星放送がチュニジアにおけるアラブの春(ジャスミン革命)においてどのような役割を果たしたのか考えてみたい。

チュニジアの憲法は『言論の自由、表現、報道、出版、集会、団体化は法律に規程された条件のもとで保障される。』と制定されている。また、報道法の第一条によると、チュニジアは『自由な報道、新聞・雑誌や本の出版、印刷、分配を認める』と明記されている。

しかし、1956年のブルギバ大統領による政権が誕生すると、政府は、まず新聞社、後にTV局に対する支配を強めていった。1987年からのベンアリ政権においてはその状況は更に強化される。チュニジア国営放送局(ERTT)は唯一の放送会社であるTunis 7 (衛星放送)とCanal 21 (地上系放送)を運営していた。その後、2005年に民間のTV会社であるHannibal TVや独立ラジオ会社の数局が生まれたが表現の自由は担保されなかった。メディアにとって大統領、閣僚そして、政府の腐敗を指摘するのはタブーであり、彼らは自主検閲という規制を制定し、政府を批判せず、生き延びていったのである。

ところが、衛星放送の誕生はアラブ諸国において大きな変革を与えた。衛星技術はあまねく人々に対して国境を越えて情報の分配を可能とした。アラブ諸国における政府系放送会社と視聴者の関係を変えていったのである。チュニジアも例外でない。人々はパレスチナ、イラク、アフガニスタン、また時には自国で起こっているニュースを知ることが可能になった。アルジャジーラ、BBCArabic、France24,Al-Hiwarのような放送会社は、自主規制や検閲を受けていない情報を求めていた視聴者にとって避難場所となっていったのだ。

アルジャジーラのニュース部門のトップ、ムスタファ・スアグ報道局長(65)によると、『アルジャジーラは、中東の国営放送とは違う動きをしている。彼らは、自国民を無知だと信じ込み、国営放送を自分の政府、特に大統領や首相のプロパガンダの道具として使ってきた。一方でアルジャジーラは視聴者の知る権利を信じ、プロフェッショナルな手法で、できる限り真実に迫ろうとしている。』とコメントしている。

革命の前の社会的混乱は、更にチュニジア視聴者の衛星放送への依存を高めていく。アルジャジーラの『Breaking News』として流れるニュースは国営放送社が報道していない内容であり、瞬く間に視聴者を集めていった。革命で大きな役割を担ったのは、パソコンや携帯電話、スマートフォン上でのフェイスブックやツイッターなどのSNS(ソーシャルネットワークサービス)であったが、アルジャジーラはフェイスブックのページやYouTubeの内容を参照しながら放送を行い、更に警察が民衆を脅威と圧力で抑え込む姿を次々と暴露していった。

アルジャジーラとしても、アラブ諸国が民主化すれば、各政府からの弾圧がなくなり、より自由な報道が可能になる。そのような理由により、アルジャジーラは革命を煽る報道を繰り返したという。

2011年1月14日、ついに、これらのインターネットや衛星放送によって立ち上がった民衆は前ベンアリ大統領を国外退去に追い込み、革命を成功裡に収めた。革命後、チュニジアでは独立系の放送局が6つも誕生し、現在では政府を公然と非難している。今後、民衆は真の民主主義を確立できるのであろうか。チュニジアを始め他の中東諸国の民衆の力量が試されている。
 

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