2013年1月27日日曜日

衛星放送とアラブの春(1)


チュニジアからエジプト、そして中東各国に波及した「アラブの春(The Arab Spring)」において、SNS(ソーシャルネットワークサービス)が担った役割が注目されたが、衛星放送が及ぼした影響も忘れてはいけない。民衆がCNNやBBC、そしてアルジャジーラ等の放送局から各国で起こっている情報を正しく入手していた為である。これらの番組は各国の政府系の放送局とは異なり、視聴者の知る権利を重視し、各国の政府が好まないような事実を伝えてきた。

それでは、北アフリカや中近東において、どのようにして衛星放送が視聴されているかその背景について考えてみたい。

衛星放送とは、地球上から送信した電波信号を、赤道上空約36,000kmにある静止衛星を中継して、地球上に向けて再送信している放送である。視聴者はパラボナアンテナで電波信号を受信することによって、番組の視聴が可能となる。

衛星放送の特徴は同報性と広域性にあるとされる。つまり、同じ電波信号を利用するのであれば、1人に対しても、50億人の視聴者に対しても利用する電波帯域は一定であり、しかも地球の約2/3をカバーすることができる。衛星放送に必用な帯域は約5MHz程度であるが、放送会社は送信設備を確保し、約5MHzの中継器(トランスポンダ)の利用料さえ支払えば、物理的に地球の約2/3に住む全ての視聴者にあまねく放送を提供する事が可能になるのである。

本来、衛星放送とは国境を越えることができるボーダレスな放送であるが、日本の衛星放送(BS,CS)の場合には若干事情が異なる。トランスポンダ(中継器)のビームの形状は日本列島に合わせて設計しており、国境を越えた広域な放送を困難にしている為である。しかし、衛星から送信される電波はスピルオーバー(所定の域外に漏れる現象)しているので、アンテナの受信能力を高めれば、近隣の諸国でも日本の衛星放送を見る事が可能となる。

さて、この衛星放送であるが、米国や欧州、そして日本等で発達してきたビジネスモデルはダイレクト・トウ・ホーム(DTH)と言われる。チューナーを購入し、CASと言われる暗号を解くカードを登録すれば、視聴者は初めて番組を見ることが可能になる。当然ながらCASを購入する為には衛星放送会社に対して毎月の支払義務が伴う。しかし、多くの国においてはこのビジネスモデルは存在しない。知的所有権が確立しておらず、また確立してても摘発が行われず、DTHビジネスを実施できるような環境が整っていないからである。

アパートにある
パラボナ・アンテナ群
ちなみにチュニジアの場合はどうであろうか。右記の写真の如く、私のアパートの屋上にはあらゆる衛星に向けたパラボアンテナが設置している。これは私のアパートが特殊であるからではなく、ほとんどのアパートや場合によっては一軒家においても同様の措置がされている。参考までに、私のアパートには、HOTBIRD、ASTRA,TURKSAT1C,NILESAT,HISPASAT1C-1D等の衛星信号を受信することが出来る。

チュニジアでは、テレビ視聴を可能にするセットトップボックス装置を利用して、年間100TND(5400円程度)を支払えばアクセス可能な衛星の有料チャンネルのほとんどを視聴することができるという。これは巷に徘徊しているテレビ業者がスクランブル解除情報をプログラミング・入力後、セットトップボックスのスロットに挿入しているからである。これはチュニジアにおいても違法なのかもしれないが、多くの家庭において公然と実施されており、事実上、摘発することは不可能になっている。これは北アフリカや中東の他国においても同様の状況のようだ。

私の場合は無料放送しか受信しておらず、スクランブル解除は行っていないが、それでもCNN、BBC、アルジャジーラ、NHKWorld、フランス24等を含む百程度の番組を無料で視聴することが可能である。おそらく、スクランブル解除を行えば、複数の衛星から600番組以上のアクセスは可能であろう。チュニジアは北アフリカに位置するが、地理的にはヨーロッパに近く、中東にも文化的にも距離的にも近く、上述したように多数の衛星にアクセスする事が可能であり、まさに『衛星天国』なのである。また、チュニジア人はアラビア語が母国語であり、フランス語に長けており、そして若いジェネレーションは英語も話せる。更に高等教育を受けている層が厚く、情報収集力が高いことは間違いない。多くの衛星放送にアクセスして、情報を得ていたチュニジアにおいて、「アラブの春(The Arab Spring)」が始まったのは納得できる。

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