あの日は『何かが起こるであろう』と同僚の間で噂になっていた。イスラム国で暴動が起きるのは必ず金曜日である。モスクでの礼拝後に、高揚した人々が暴徒化したのは予想した通りであった。
この一連のイスラム諸国における暴動の動きは、カリフォルニアで作成された映画が『イスラム教の預言者(Prophet)を侮辱している』という大衆感情から火がついた。9月11日(火)にリビアのベンガジにおいて、米国大使をはじめ3人の大使館関係者が殺害された。翌日9月12日(水)、チュニジアの米国大使館においてもデモが発生する。同日18:30頃に私は現場を訪れた。大使館前の道は閉鎖されていたが、裏道で辿り着けた。辺りは既に暗くなり始めていた。デモは警察に鎮圧されていたが、現場は野次馬とメディアでごったがえしていた。話を聞いたところ、暴徒したデモは投石を行い、警察が催涙ガスを使用して沈静化したようだ。
![]() |
(勤務先から撮影、奥の黒煙は 米大使館からのもの。) |
メールやインターネットから様々なニュースが入ってきた。暴徒化したデモはアメリカンスクールにも向かったという。既に時刻は夕方近くになっていた。自宅に帰る為には米国大使館裏の街道を通らなければならないが、街道は閉鎖されているという。迂回すると交通渋滞で相当な時間がかかる。しばらく会社で待機していたが、結局、19:00前に会社を出た。正直、身の危険を感じたのを覚えている。当時の残したメモによると、『アメリカ大使館裏の街道を通ったが、相当量の黒煙が舞っていた。大通りにはおびただしい投石されたあとがあり、デモのすさまじさを感じた。』と記されている。大使館とアメリカンスクール間の街道には橋があるが、橋にはイスラム過激者(サラフィスト)の旗を掲げたデモの一派がまだ残っており、不穏な雰囲気が漂っていたのを覚えている。自宅でFrance24のニュースを見て、デモと警察の衝突で数人の死者が出た事を知った。
![]() |
0 件のコメント:
コメントを投稿